2011年6月14日

使い続けるということ。

去年家を建てた方が
一周年記念の祝いをするということで
器.jpgお招きいただいた。

新居の完成記念パーティーというのは
今までもあったが
一周年記念とは・・・・。

そこまでもうれしいと
いっていただくことはもちろんうれしい。
なぜこんなことになったのだろう?

設計士さんは言った。
想像以上のことが起こるというのが
鍋.jpgここまでの喜びを呼ぶのだと。

たしかに・・・。

みんなの100が集まって
それが
共振して
すばらしいが出来上がったんだと思う。

僕らに必要なのは
奇をてらう想像以上ではなく
いつでも100であること。
妥協なく取り組むこと。

それが
共振するんだ。

僕は
そのお祝いにコップを送った。
そのコップは飲み口のところが
銀で仕上げてあり
使い続けることで
どんどん味が出る。

そこに20年使い続けたものが
20年経っての器.jpg展示されていたけど
不思議なことに
焼き物自体の色も
どんどん育っていた。

すばらしい。
一年暮らしてみて
季節ごとの喜びがあったという。

そのコップでビールもコーヒーも
飲めるようにと
そのどちらとしても使えるサイズにした。

何十年も使って
家とともに味が出るのを
楽しんでもらえれば
うれしいかな。

そんなことを考えながら
岩井窯を後にした。
陶芸家の山本教行さんにお逢いするたびに
仕事のスタンスを
生き方のスタンスを学ぶ。

使い続けるものを作るということ。
うれしくおもう。

それにさ。
100でなければ
存在できない。
楽しめない。
いつの間にか
自分が変わっていた。


この瞬間を生きる。
それが100だということだ。

もちろん
家が暑かったり寒かったりしたら
1年経ってうれしいとは
思わないだろう。
四季を通じて
快適であること。
そのことでも
もちろん
施主の想像を超えていたのだろう。

感謝。

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