集団化は正しく起こる。
尾宮建築工房さんとの写真ですが
これは偶然のいい出逢いがすすんでいる結果。
津山市内での出来事であって
全国にまだ待っている人がいるわけ。
正しい集団化っていうのは
その相手と組んで仕事をして行くかどうか。
(対業者の場合)
この人にこの会社に家を建ててもらうか。
(施主から見て)
この人の家を建てさせてもらおうか。
(施主を見て)
という全て相互に選ばれてすすんで行く。
その中でお互いの考えを伝えたり聞いたりして
取捨選択されて行くと思う。
ただ、惰性で構築された関係においてお互いの考えを伝える
という努力の無い状態で関係がすすんで行くと
(男の人と女の人の場合においても)
本来のいい関係ができない。
正しい集団化とは
望まれた間柄でみんな集うということ。
それは家を建てる仲間達にしても
頼む人と頼まれる人にしても。
ここで昨日の勘違いは頼むっていう勘違い。
最近私が気をつけているのは
思いを隠さないと言うこと。
いい物が作りたい。
いい関係を築きたい。
そう思っているなら思いを伝えないと。
正直言っちゃうと
昨日の件。
きっとお客さんの紹介で他の人の家を頼まれたとする。
そのときにウチが引き受けるかどうかは分からんって事。
施主が選ぶ時代。(どこで建てるかを選ぶ)
施主を選ぶ時代。(喜んでほしい人の仕事をさせてもらう)
そんな風になってくるわけ。
次にその人の家を改造するっていうとき
絶対、ウチの壁使いたいはず。
でもその時ウチは断ります。
『割れが入るかもしれませんよ。
ビニールクロスにしてください。』
そしたら、クロスにするしか無いわけ。
それでクロスの継ぎ目が気になってくる。
臭いが気になってくる。
そして気がつく。
そこまで時間がかかるん。
なんでこんな事公表するかっていうと
そこまでのリスクを持っての勝負をせんと
ちゃんとした仕事はできん。
施主さんに気持ちが伝わらんもん。
仕事して気持ちが伝わらんってのは
どうもね。
今まで同じ壁を一番多い時4回塗ったかな。
クレームクレームで。
そんなのしとったら全然怖ないよ。
クレーム。
でも気がつく。
お互い気の毒じゃって。
お互いしあわせじゃないんじゃもん。
じゃけん、遠慮せんと正しい集団化をしましょ。
そしたら家を建てる仲間は仕事をしながらみんなしあわせ。
施主さんと工事する人とみんなしあわせ。
・・・・・・・・な人この指とまれ!
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